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恋かもしれない35題 16「確かなこと」

2011.12.16 21:14|お題
なんかいろいろわざとらしい話(笑)

*  *  *



ぐらり、と棚の上のビンが揺れた。

「―――え?」

彼女はそれを仰ぎ見る。
ちょうど、その瓶が宙に投げ出されて。
彼女に向かってゆっくりと、落ちてくるところだった。








小児科の病棟で、琴子は人気者だった。
桔梗などの他の看護師に言わせれば『精神年齢が近いから』だそうだ。
彼女にやらせると注射も何もかも恐ろしいので、それは確かに怖がったのだが、それよりも彼女が毎度引き起こすドジを皆面白がっていた。

何より琴子は擦れていない。
いつも真正面からぶつかり、喧嘩したり怒鳴ったり。
もちろん笑ったりはしゃいだり。
いつだってまっすぐな彼女。
子供たちが彼女のことにちょっかいだしたり、面白がってからかったりするのは既に日常茶飯事のことだった。

そんなある日のことだった。
病室を逃げ出して他の看護師のスカートめくりをしていた悪ガキを追い掛けて、琴子はその部屋に入った。
ここに逃げ込んだのは目撃していた。
いつもまかれてしまうけれど、今日こそはひっとらえてやろうと彼女は意気込んでいた。
悪ガキ――仮に名前を太郎とする――太郎は息をひそめて、あわよくばまた琴子を脅かしてやろうと隠れていた。

だが、彼女はその太郎を見つけ、ひっ捕まえる。
もちろん太郎は暴れる、逃げだそうとばたばたと身体を動かした。
そんなとき彼女のナースサンダルが切れ、彼女はその場に尻もちをついて転んだ。
そして―――棚に背中をしたたかに打ち付けた。
その棚の上に置かれていた、とある瓶が彼女のもとに落ちてきたのである。





「まったく、お前は何やってるんだ」
「ごめんなさいぃ」

たいした怪我ではなく、額のあたりの小さな切り傷で済んだ。
瓶は割れ中身の液体は錯乱したものの、害のある薬品ではなかった。
直樹は彼女の手当てを手早く済ませ、大きくため息をついた。

「そうやってむきになるから子供に面白がられるんだ」
「だってぇ…」
「お前だったから良かったものの、患者に怪我させたらどうするつもりだ。ここは病院だぞ」
「『お前だったから良かった』って…ひどい」
「事実だろ」
「むぅうぅ」

彼女は口を尖らせる。

「だって太郎くんってばひどいのよ!注射からはいつも全力で逃げるし」
「それは子供に限らず皆お前からは逃げたがるだろ」
「看護師のスカートめくりするし」
「子供の遊びだろ」
「あ、あああたしは色気が無いからって『命拾いしたな』って言うのよ!失礼よね!失礼よねっ」
「だからむきになるな」
「入江くんは奥さんがそんな風に愚弄されて平気なの!?」

直樹はまたため息をつく。
むしろ琴子に追いかけて欲しいがためにそんなことを言ってるに決まっている。

「遊ばれてるのがわからないのか、お前は」
「だってぇ……あたしも冷静になろうっていっつも思って心がけているんだけど」
「ぷっ、お前それ新しいギャグか?」
「ひっひどい!」

ぷんぷんと彼女は彼を睨む。

「琴子ちゃん、怪我したんだって?」

ひょっこりと、西垣が顔を出す。
琴子はお疲れ様です、と挨拶して頷いた。

「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
「ねえねえ聞いてよ。さっきそのことを桔梗くんが伝えに来てくれたときの入江の慌て様―――ぐあっ」
「へ?」

彼女は目をぱちくり。
直樹は無表情で手当てに使った道具を片付けている。
そして何故か西垣は脛を抱えて座り込んでいた。

「どうしたんですか、西垣先生」

しれっと直樹が聞く。
この野郎、と西垣は口の中で呟いた。














たいしたことはないが、とにかく琴子を家に返した。
送ってほしそうな目をしていたが彼は無視して、彼女をさっさと帰らせた。

「外来済んだんですか?」

隣にいる西垣に尋ねると、あぁと頷いた。

「なんでお前の担当わざわざ変わらないといけないんだよ。俺が琴子ちゃんの手当てにいってやるって言ったのに」
「西垣先生の手を煩わせることもないですから」
「他の仕事やらせたくせによく言うよ」

他の男に彼女を触らせたくないだけだろ、と聞こえるように言ったが直樹は答えない。
聞こえないふりしてやがると西垣は生意気な後輩にこれみよがしにため息をついた。

「そう言えば、その張本人――太郎くんだっけ?」
「ええ」
「あそこに来てるの、そうじゃないか?」

西垣は柱の陰でこちらを窺っている少年を、首で直樹に知らせる。
確かに悪ガキの彼だった。

「琴子ちゃんのこと心配してるんだろ、医師として答えてやれよ」
「わかってますよ」
「私情挟まずにな!いくら怪我させたからって悪意はないんだから」
「俺はそんなことしません」
「頼むよ。あんな幼い少年がお前の毒舌でずたずたに心を切り裂かれたら―――ぐふぅ」

みぞおちに直樹の裏拳が入り、仮にも指導医だぞ…とか細い声で西垣が崩れ落ちていく。
それに一瞥もくれず、直樹はすたすたとその少年のもとへ歩いていく。

「入江先生っ」

少年は怯えながらも、直樹の前に立ちはだかった。
涙を目にためて必死に声を出す。

「ごめんなさい、おれ。…その…」
「太郎くん」
「こんなことになるとはわからなくて、おれ、…」

ぽろぽろと涙が落ちていく。
直樹はくしゃりと少年の頭を撫でてやった。

「大丈夫、琴子のことなら心配しなくて良い」
「ほんとっ?」

ぱあっと顔色が輝く。

「だけど、今度ちゃんと琴子にも謝るんだ。できる?」
「うん、うん!できる!」
「それから――」
「わかってる!もうしない!おれ、もう悪いこととかやんちゃなことしないよ!病気治るまでちゃんとベッドにいる!」

嬉しそうに少年は頷く。

「じゃあ、病室に戻らないとな」
「はあい!」

元気良く、エレベーターに向かおうとした少年が、ふと足を止める。
そしてくるりと振り返って、直樹のところへもう一度来た。

「どうかした?」
「う、ううん。あのさあ…入江先生…」

もじもじと少年は恥ずかしそうに言う。

「琴子、『キズモノ』になっちゃったんだろ?」

キズモノ、の解釈が違うだろうに。
誰だろうこんな変な言葉を子供に教えたひとは。
ちらりと直樹は背後を覗う。

既にそこには西垣の姿は無い。
そこまであのひとも悪くは無いだろうと気を持ち直し、再び少年と向き合う。
軽くため息をついて、訂正するために口を開く。

「そんなことな―――」
「おれ、おっきくなったら責任取るから」

彼の言葉を遮って、少年は言った。
頬を真っ赤にそめて、大きな声で言う。

「『キズモノ』になったら可哀想だからっ、だから…おれ」

どもりながらも、少年は言う。
自分が幼さゆえにとんでもないことを言っていることに気付かない。
だけど彼は彼なりに本気。
だからこそ―――直樹の目はすっと冷たい光を持つ。

「…入江先生?」

返事をしない医師を不思議そうに見上げた患者。
直樹はふっと微笑んでから、ゆっくりと口を開いた。
















「おかえり、入江くん」

ふにゃあと嬉しそうに笑う彼女が、ベッドの上に寝そべっていた。

「お義母さんが寝てていいっていうから言葉に甘えちゃってます」
「いいんじゃない?一応は怪我人なんだから」
「一応って…」

むぅ、と、相変わらずつれない彼に頬を膨らませて彼女は上半身だけ起こす。

「ねえ、入江くん」
「なに?」
「太郎くん何か言ってた?あたし会いに行かずに帰ってきちゃったけど、心配してるかなあって思って」
「……あぁ」

今気付いたかのように、直樹は彼女の方を振り返る。

「反省してたよ」
「本当?これでイタズラが減るといいなあ」
「減るんじゃない?」

ふっと笑う。
彼女は「ちょっと寂しいかもなあ」と言いながらも、うんうん頷いている。
相変わらず、彼女は何にも知らない。
わからない。

そして、それでいい。
他の男の好意など、彼女は知らなくて良いのだと彼は思う。
それがたとえ子供であっても。
彼女は、友情とか、患者と看護師の信頼関係とか、そういうのだと思っていればいい。


ぎし、とベッドが揺れた。
彼女が不思議そうに彼を見上げている。

「ど、どうかしたの?」
「病院では診れなかったところ、診てやろうと思って」
「え?」
「痕になってたりするかもしれないから」

ボタンがひとつ、またひとつ外されていく。
彼女は大きな瞳で、彼のその動作をじっと見つめている。
その頬がどんどんと染まっていく。

「な、なんかおかしいような気がする。し、診察なの?本当に?」
「さあ、成り行き次第だな」
「帰ってからすぐだなんて、ど、どうかした?」
「別に?」

彼は小さく首を傾げて、笑う。
彼女はちょっと肩をすくめて、恥ずかしさから俯いた。

「…嬉しいけど、もうすぐ夕飯呼びにお義母さん来ると思うよ…?」
「大丈夫だよ」

上には来るなと言ってあるからと彼は心の中だけで答えて、彼女をそっと横たわらせる。
本当に大丈夫なの?と小さな声で尋ねながら、彼女は赤い顔でぎゅっと腕を掴む。

「…いり、えくん」
「なに?」
「…ちょっとは、心配してくれた?」
「するに決まってるだろ」

即答した彼に驚いて、彼女は彼を見つめる。

「なんだよ、その顔」
「う、ううん。ありがとう」

そんなにすぐに認めるとは思わなくて、彼女は驚いた。
だけれどすぐ嬉しそうに表情を綻ばせる。

「えへへ、入江くんが優しい」

ぎゅうっと彼女が抱きついてくる。
さっさと脱がせたかったが、しばらく彼女に付き合ってやる。
その暖かさに彼は小さく微笑んだ。



彼女は暖かい。
皆に笑われながらも、バカにされながらも。
彼女はその意思が無いのにもかかわらず。
本人の気付かないところで彼女は誰かを照らし、誰かを明るくさせる。

彼の中で、彼女のいない世界と彼女がいた世界が、まったく違うように。



傷のあたりをそっと撫でると、彼女は少しはにかんだ。

「痕、残らないよね」
「残らないと思うけど、…でも残っても構わない」
「えぇ?」
「お前はお前だから」

彼女はきょとんとした表情を浮かべる。
頭の悪い彼女にはきっと伝わらない。

「俺の奥さんってことは変わらないから」

これからどんな出来事があって。
どんな未来があって。
そういうことはいくら彼だってわかりはしない。

それでも、今まで通り彼女がそばにいて。
例えだんだん彼女が変わっていったとしても―――彼女は彼女で。
ずっとずっと彼の心を照らしてくれると知っているから。

「…?…よくわからないけど、嬉しいな」

彼女はにっこりと笑う。

「『キズモノ』になっても捨てないってことだよね?」
「…まあお前にしてはわかってるほうかもな」

―――本当の『キズモノ』には、死んでもさせないけれどな。
彼女の肌理細やかな肌に触れながら、彼は思う。

「ふふっ、いりえく~んっ」

嬉しそうにくっついてくる彼女。

たわいもない子供のセリフにすら嫉妬などして。
俺も相当な末期だなと彼は苦笑いを浮かべたのだった。




( だれであろうと わたしません )

















誰か、大人げないと笑ってやってください(笑)
入江くんが格好良くないですねえ…。
少年に何を言ったかはご想像にお任せして。
さすがに大人ですから…少年の心をずたずたにはしてないと思います。
しかし元気な入院患者少年だな(矛盾

『キズモノ』の言葉の意味って、そういう意味でいいんですよね?

これ、違うお題だったのに、うっかり他のお題になっちゃうパターン。
相変わらず到着点が定まらない(笑)
とりあえず書けりゃあいいと←開き直りw



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素敵なイタキス二次創作に憧れて、うっかり立ち上げてみたブログです。
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